ひまつぶし (お侍 拍手お礼の十八)

       〜 お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 

 
勘兵衛と久蔵、彼ら二人による道行きは、
都戦で久蔵が傷めてしまった右腕への“機能回復”という治療目的の、
言わば静養のようなもの。
訪のう先も湯治場が主であり、
となると、辺境などの鄙びた静かな土地へ出向くことが多くなる。
山間の寒村や海沿いの田舎町、
山野辺の農村に、閉山して久しい鉱山の里などに、
唯一の恵みとして涌いた湯の効用を頼っての旅は、
時に荒ごとへの太刀ばたらきも交えると、
結構ばたばたと落ち着きのない代物にもなったけれど。

 「…。」

おおむね、長閑で静かな土地で何日か、
何にも煩わされることなく時を忘れて過ごすこととなり。
とはいえ、いくら何でも1日中湯に浸かっている訳にもいかないし、
機能回復の運動というのも、
そうそう激しいものを詰め込む“鍛練”ではないので、
はっきり言って半日以上は暇を持て余すことともなってしまう。
これがまだ、いいお日和の中であれば、
宿の周縁、緑の多い土地の散策や、
そのついでののこっそりと、人の分け入らぬ木立の中なぞで、
立ち合いを模しての切り結び、
刀の切っ先を合わせるだけの軽い鍛練なんぞもこなせるものが。

 「…。」

朝から続くこぬか雨なぞで、
宿へと一日中閉じ込められてしまったりした日には、
日頃ぼんやりして過ごしているように見える誰かさんでも、
退屈の虫が疼き出すらしくって。

 「…。」

刀も降ろしての身軽な宿着で、
擦り切れた畳の上へべったりと座り込み、
窓辺にぼんやり張りついている連れの、
あまりの静かさに却って気を引かれて視線を上げれば。
お散歩を禁じられた猫のような姿にて、
無聊をかこうておりますとの、
いかにも憮然としたお顔でいるのが望めたりする。

 「…。」

霧雨の満ちたる外気の冷たさに鼻先を押さえられながら、
雨にけぶる風景なんぞ、眺めているにも限度があって。
双手へ刀を持てばそのまま、
紅蓮の炎か真冬の恒星のように鋭い威容を孕む赤い眸も、
今この時ばかりは、心許なく瞬くばかり。

 “絵師ででもあればの。”

素描帳でも広げて眼前の景色を写しておれば、時を忘れもするだろに。
生憎とそういった風流には双方ともに縁がなく。第一、

 “描く側より、むしろ描かれる側であろうし。”

覇気を宥められての大人しい今でさえ、
淡い金色の綿毛のような髪や、色白で線の細い横顔、
若木の如くすんなり伸びた背条や四肢に、
物憂げに伏し目がちにされた眼差しまでもの いづれもが、
その姿を視野に入れた者すべてを籠絡出来よう、
玲瓏とした品のいい蠱惑をたたえており。
画家がこぞって絵姿なぞ、描きたがるのではなかろうか。
…なぞというやくたいもないことを考えていると、

 「…?」

善からぬ空気でも感じ取ってか、当のご本人がこっちを向いた。
疚しい覚えなぞないのだが、
それでもさりげなく、視線を手元の読み物へと落とせば。
程なくして しんとした静寂が戻って来。
不機嫌のとばっちりが来なかったことへと微かに安堵していると、

 「…っ。これ、久蔵。」

不意の突然、人の肘を後ろから差し入れた手で上げさせて、
脇の下からの強引に、
勘兵衛と紙面との間へ頭を突っ込んでくる彼だったりし。
物言わぬままの強引さといい、畳に手をついての這うような姿勢といい、
まるで“構っておくれ”との我儘から、
主人の読書の邪魔をする座敷猫のような振る舞いであり。
大方、壮年の連れは退屈を感じていないのが不公平だとでも思えたのだろうが、

 「退屈なのか?」
 「…。(否)」

ふりふりとかぶりを振った彼だったが、
その綿毛頭は勘兵衛の視野を塞いだままだ。
紙面を眺めておるものか、頭はこちらを向かないままながら。
四肢のほうは…胡座をかいていた勘兵衛の脛を避けての
手を進め、膝を進めて、ますますと、
懐ろお膝への潜り込みが敢行されての、その末に。
入り込んだ反対側の腿へと腰を落ち着け、
気に入りの匂いがする懐ろへは、肩と頬を埋もれさせてのちゃっかりと。
人様を座椅子代わりにする大作戦を、成功させていたりもし。

 “…成程。”

人へとじゃれつきの、果てはおもちゃ扱いにして、
退屈を紛らわせたということかと。
一見しただけでは判りにくいが、相当にご満悦なお顔を見下ろして、
精悍なお顔は途惚けたそのままにしておきつつも、
その胸中にての苦笑が絶えぬ勘兵衛殿だったりするのである。


  ――― ああこれ、まだ読んでおる。繰るでない。
       …こやつ。
       ああ、先だっての。記事になっておるとはな。
       お主の髪、削ぎおった。
       何寸というほどでもなかったろうよ。
       ……………。
       判った判った、気をつける。


こぬか雨の奏でる囁きも、いつしか遠くへ退いて。
主様の紡ぐ、深くて低くて良い響きのお声が子守歌。
温かな懐ろで“いい子いい子”とあやされて、
退屈仔猫が午睡に入るまで、あと小半時…。





  〜Fine〜  07.3.24.

 *平仮名で書いた“ひまつぶし”がやたら美味しそうに見えるのが、
  愛知名物“ひつまぶし”のせいだというのは
  内緒にしといてやって下さいです。

 *それはともかく。
  
『恋侍』サマの“かまってほしい久さん”の図に触発されて
  ついつい書き始めてしまいました代物で。(すみませ〜んっ)
  全然 艶っぽくならなんだ“修行足らず”です、ごめんなさい。
  ウチの勘兵衛様は、
  囲炉裏端でいつも新聞とか(?)地図とか広げてるイメージが強くって。
  だからウチでは“父上”なんでしょうかねぇ。
  (そして“母上もの”がサクサク増えた、と・笑)
  昼は淑女で夜は悪女ならぬ、昼は父さん夜は恋人…。
  何だか響きが怖いぞ、これ。
(う〜ん)


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